池尾寧さん
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2018年1月25日 寒さで閉店中のギャラリーAZULに『どじょう』という青表紙の手書き詩集が 寒そうにひとりぼっちでいた。これは水俣の池尾寧(いけおやすし)という無冠の詩人が卒寿の記念に出版したもの。手書きだから限定数十部という貴重品だ。(平成7年3月10日発行)
その表紙をめくると“見合い”という詩がある。文字を追うと70年前のその情景が目に浮かぶ。
女は三十一
青空ばかりみつめていた
男は四十二
白雲ばかりみつめていた
青空も
白雲も
縁先に
秋の陽が
真赤に燃えていたから
たいへん
まぶしかった。
(昭和22年10月5日)
そうしてお見合いが叶い 。
晩婚だったから 遅くに娘が生まれた・・その娘の名はミネという。
”ミネの出迎え"
日暮れどき
家の近くに私の帰りの姿を見つけると
父ちゃん 父ちゃんと 連呼しながら
ミネが走ってくる ミネはいますぐにでも転びそうだが
父の四十五歳の日月を
今一息に駆け抜けようとするのであろうか
髪を乱し両手を 肩からあげて
父ちゃん 父ちゃんと 連呼しながら
ミネが走ってくる。
(昭和26年10月30日)
70年前の詩 想いは鮮やかだ。 私も何か遺したくなった。
ベレー帽がトレードマーク。お酒とお喋りが好きで、いつも自転車で移動されていた。昼間は喫茶店で珈琲をゆっくり夜は居酒屋で飲みながらお話するのが池尾さんの楽しみだった。・・文字に残っている他の詩も素晴らしい。
"不覚な夢”

寮には待っている人はいないが
ねむりにつこうとすると だれだか私の幼名を呼ぶ
松の古木の呼ぶ声か
庭の千草の呼ぶ声か
それとも地虫の鳴く声か
四十を超して独りでいる私 電灯は動かず 蚊帖も動かない
今は亡き 父上か 母上か
未来の妻か 子供らか

確かな呼声が不覚な夢をゆさぶりにくる。
(昭和21年8月13日)
*実はこの大事な詩集がなくなった。山小屋から自宅に持ってきてのち、何かのファイルの間に挟まってしまったのが、探すのにない。2021年12月9日



素晴らしい詩ですね。
誰の心にも存在する思いの表現。
これ程に率直に文字に残せる素直さ。
私には到底できません、衒う卑しさだけ浮かびそうです。
3つの詩が、時間経過でみると「不覚な夢」が実現する過程がぴったりです。お見合いをして、娘さんが生まれ、成長してお父さんが大好きで手を挙げて迎えにくる情景がドラマのワンシーンのようで、大好きな詩です。文字遊びの詩人のものでは味わえない現実感と夢がありますね。