あるルポ作家

北岡秀郎氏 表面はルポライター、写真家、時々はゴーストライター。課題あるところあらゆるところに出没。長年、機関誌「みなまた」編集長などされていた。奄美大島での(水俣との比較対象の)検診もご一緒した。あのときは、平田宗男先生が宿泊していた国民宿舎の近くの海を泳いでおられて、ウミガメが泳いでいるぞ!って大騒ぎしたのは北岡氏だったか。

熊本の大きな課題を真正面から取り上げてきた。水俣病、川辺川ダム反対運動、ハンセン病患者の人間回復(権利回復)の手伝い。この北岡氏の勧めで熊本AALAを発足した。それまでの通りすがり的関係から 課題から逃れられない泥沼へ北岡氏を通して様々な世界を知ることに。千葉さん、国宗さん、と何回もの韓国、あるときは台湾の旅も。それも休みが取りやすいよう大義名分を掲げながら、日々ちょっぴり前進していた。が、そのうちみんなそれぞれが多忙になって自然消滅じゃなかった、まだ熊本AALAはあるのだった。当初は海外の問題を日本へ、日本の課題を海外へ知らせるということを大きく目標にしていて、当初は5人は居たのに忙しい人から段々抜けて今は暇人の私一人に。だが私の関心領域がそちらから外れている。当の北岡氏は、その後体調を悪くされたが、水俣のことも元ハンセン病患者さんの現在の課題のことにも精一杯力を尽くしておられる。その途中のことはFACEBOOKで確認。時々奥様と我がギャラリーカフェAZULにもおいでになっていた。身体のあちこちを修繕しながらもなんとか頑張っておられる。もっと詳しいことも書きたいところだが、叱られるのでこのくらいにしておこう。

人間回復―ハンセン病を生きる

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